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自らを殺める理由

 数多ある動物の中で、自らの意志によって自殺をするのは人間だけらしい。

(人間以外の動物も、病気や寄生虫等の影響によって“自殺的行為”を行うことはあるが、それは自らの意志とは言い難い。)

 余談ではあるが、「レミングの死の行進」 という話がある。

 これはレミングというネズミの一種が周期的に大量に発生し、食糧を求めて大群をなしひたすら前進し続ける。そして、海岸に行きついてもひたすら前進し続けて海に落ちていき、それでも海を渡ろうと前進し、もちろん泳ぎ切れず死んでいくという“集団自殺”を行うという話だ。

(「レミングの(ねつ造)「死の行進」についての素晴らしい検証記事」http://miura.trycomp.net/?p=1046 より引用。)

 実はこれは人間の手による捏造映像が元になった都市伝説らしい。(引用 同上。)

 ではなぜ人間だけが自らの意志によって自殺をするのか?

 ここからは全てオレの想像であり、何ら根拠はない。

 人間には他の動物と違い、“時間”という概念があるからではないだろうか。

 ここで言う時間とは、1時間とか1日という短期的な時間感覚ではなく、5年10年といった長期的な時間感覚だ。

 人間は酷い悲観的な状況に置かれると、将来のことが心配になる。

 「この辛さ苦しさが5年も10年も続くのか」 あるいは、

 「このままでは5年後10年後の展望が見えない」 ということを悲観し絶望して自ら命を絶つのではないだろうか。

 長き将来に渡るこの苦しみに終止符を打つために。

 これは人間が長期的な時間感覚を持っているがためであろう。

 長期的な時間感覚を持っていることで、人間は他の動物と違って巨大なものを創造する力を得た。

 国家という長期的な社会システムの構築と存続、巨大建築物の創造、長期間に渡る移動など、どれも長期的な時間感覚がなければ成し得ないことだ。

 一方で、長期的な時間感覚を持っていることで、人間は時によって自らを殺める動物となった。

 この人間の 「自らを殺める行為」 をとめる“普遍的な”方法というものは、オレにはまだ思い付かない。

 一生思い付かないかも知れない。

 ただ、オレ個人で行っている方法はある。

 それは 「生きることの意味や目的を求めない」 ということだ。

 自分が生きることに意味や目的があるのかないのかに関わらず(生物学的に)生き続けることは出来るし、仮に意味や目的がなかったとしても生き続けてはいけないということはない。

 しかしこれでは 「苦しみから逃れたい」 ということの解決にはならない。

 これについてはオレ個人の答えも持っていない。

 ただあくまで結果論ではあるが 「我慢し続ける」 ということを実践してきた。身も蓋もないけど。

 これで解決とは言えないかも知れない。

 今は良くてもいつまた死にたくなるかも知れないからだ。

 その時はどうするか?

 そん時はそん時だ。