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【羊の瞞し】第5章 CHAOTICな羊 ?

OK、じゃあさ、響、何でもいいから弾いてみな」

 ある休日の夕方のこと。その日は朝から、響と宗佑はオーバーホールの仕上げ作業に精を出していた。修理と呼ぶべき工程は既に全て終えてあり、ピアノは外観も中身も新品のような状態を取り戻している。直ぐにでも納品出来る状態だが、この日はタッチの微調整と調律、そして整音の最終仕上げを行っていた。

 前日に試弾した段階で、このクルツマンは完璧だと響は思ったものだ。特にタッチのレスポンスは素晴らしく、ppからffまで変幻自在に操ることが出来、思い描いた音色をピアノが作ってくれた。弾むようなスタッカートも滑らかなレガートも、奏者の意図をピアノが掴んでくれるかのように、イメージ通りに反応してくれたのだ。音質も申し分なく、よく伸び、よく広がり、全てを温かく包み込んだ。心地良い余韻と転がるような高次倍音、大地を力強く這うベース、真っ直ぐ矢のように飛び出す中音……流石、世界一の名声を博しているクルツマンだ。しかも、宗佑によりリビルドされたクルツマン……響は、これこそ理想的なピアノだと確信した。いつか林田に奢ってもらったひつまぶしが頭を過ぎり、このピアノもまたベートーヴェンのシンフォニーそのものだと思った。

 しかし、宗佑から見ると、まだまだやり残しがあるようだ。この先は、響には変化を追えない繊細な世界だが、作業を見学するだけでも貴重な経験と言えよう。

 ジャックと呼ばれる部品の位置、鍵盤の深さ、ハンマーから弦までの距離、キャッチャーという部品の角度などを、一般の人が見ても違いが分からないであろう精度で、おそらく紙一枚分の厚み程度の精度で調整の変更を行った。いや、一般の人に限らない。新米とは言え、専門的な訓練を受け、プロの調律師として働いている響にも、その差異は掴み切れなかったのだ。

 響は、こういった父の整調の作業は、小学生の頃にはよく見学していたことを思い出していた。その頃は、常にオーバーホールを行っている時期もあったのだ。当時は、父が何をしているのか全く理解出来なかったが、毎日のように工房に来て、ピアノが良くなっていく様を時系列に追うことは、響にとって何よりも楽しかったのだ。そして、父の仕事に興味を持ち、父を心から尊敬した。

 しかし、実際に自分でもプロの調律師として整調を行なうようになったにも関わらず、父の作業にはついていけなかった。昔と違うのは、やっている作業の意味は知っていること。それでも、高過ぎる精度は響には難解過ぎた。理解出来ないという意味では、当時と変わっていないのだ。ピアノの調整の奥深さを目の当たりにすると共に、父の技術の偉大さと自身の未熟さを思い知らされ、響はとても悔しく、また歯痒かった。

 しかし、父に促されるままにピアノを弾いてみた響は、もっと大きな屈辱と驚愕を味わうことになった。いや、いっそのこと、恐怖と表現してもいいのかもしれない。完璧と思った昨日の状態より、明らかに良くなっていたのだ。技術者として、専門的な調整の変化は極小過ぎて認識出来なかったのに、演奏をしてみると激変していたのだ。つまり、宗佑は、響には見えず、掴めず、感じ取れない微妙な変化で、ピアノを様変わりさせていたのだ。その結果だけしか享受出来ない響は、むしろ結果が分かるだけに一層悔しく感じたのだ。

 結果が全ての世界で、これだけ明確に違いを生み出せる技術は、感嘆せざるを得ない。レスポンスがより敏感になり、弾き切る前に遠くで音が鳴っている感じがした。鍵盤が底に着地する感覚が明確に伝わり、タッチに安定と決意を与えてくれるのだ。

 そう、一切の迷いのないタッチは、ピアノへの信頼であり、技術者への信頼でもある。宗佑は、このようなやり方でピアニストとの信頼関係を築いたのだろう。そこには、袴田のような話術もマナーも身嗜みも介在せず、奏者と調律師の間にはピアノしか存在しない。いや、違う。ピアノとピアニストの狭間で、両者を霊的に繋ぎ合わせる為に調律師がいるのだろう。そして、それこそが理想的な調律師のスタイルだ……響は、ようやく結論に達した気がした。技術という側面から見ると、父こそ理想的な調律師なのだ。ただ、技術だけではやっていけない仕事であることは、僅か1年のキャリアとは言え、身に染みて実感していた。父の技術を盗み取るだけではなく、林田や澤崎、そして、袴田のような社会性も養わないといけない。父の二の舞にならない為に。

 クルツマンのオーバーホールが、首尾一貫して上手く運べたことは、ピアノ専科にとって大きな転機となった。林田は、ピアノの運送だけでなく、ついでに修理を行うことに宝の山を見出したのだ。

 宗佑は、ピアノ専科からの外注として、クルツマンのオーバーホールを180万円で請けたのだが、ピアノ専科がユーザーへ請求した額は、運送費が加算されているとは言え、300万円近くに膨れ上がっていたのだ。つまり、何もしなくても100万円を抜き取ったことになる。林田は、そこに目を付けたのだ。

 楽器店でピアノを購入するのとは違い、ユーザー間の移動は高い確率で修理が必要なピアノなのだ。しかも、長年放置されていたケースが多く、修理の知識も相場も知らない人が殆んどだし、可能な限りそのピアノを使って欲しいと考えている人も多い。また、どの程度直ったかの判別も出来ない。つまり、平たく言えば、ぼったくってもバレない、いや、むしろやり方次第では喜ばれることさえある事案が沢山眠っているのだ。これは、林田にとっては、埋まってる財宝を掘り起こすような感覚だった。

 手始めに、移動依頼には必ず下見を行うことを義務付けた。すると、アクションや鍵盤の修理やクリーニングが、高い確率で受注出来たのだ。また、そこでの会話を上手く進めることにより、カバーやインシュレーター、椅子などの販売にも繋げることが出来たのだ。そうして受注した修理の殆んどを宗佑に依頼し、それはそのまま響の教材にもなっていた。しかし、この関係は長く続かなかった。僅か数ヶ月後には、より効率的に利益を得る為に、ピアノ専科でも専用の工房を開設した。すると、宗佑への発注は激減したが、企業として、これは自然の成り行きと言えよう。

 必然的に、ピアノ専科でも技術者が必要となった。真っ先に声が掛かったのは、木村だ。興和楽器での不正行為により嘱託契約を解除され、一時期は訴訟も検討されていたのだが、そのまま有耶無耶になっていた。興和楽器でも、既に過去のこととして殆んど忘れられていた。

 しかし、夜逃げのように実家へ逃げ帰っていた同期の木村を、林田はコッソリと呼び寄せた。職を失い、生活に窮していた木村は、林田の誘いに二つ返事で飛び付いてきた。興和楽器にバレることを恐れつつも、またピアノに携わる職に就けることを喜んだのだ。

 木村に命じられた仕事は、見積もりと修理だ。移動依頼があると下見に伺い、言葉巧みに修理の仕事を受注し、工房に持ち帰り修理を行う。そこだけを抽出すると、調律師としてやり甲斐のある理想的な仕事の一つだろう。ただ、ピアノ専科の場合は、そこに詐欺紛いの要素を混ぜ込まなければいけない。必要のない架空の修理も項目に入れ、修理代を水増しするのだ。

 道徳にも法律にも反するであろうこの行為を、木村は躊躇わずに取り組んだ。生活が掛かっていることもあるが、元々がその程度のモラルしか持ち合わせていなかった人間なのだろう。むしろ、客から騙し取ることを、楽しんですらいた。だからこそ、その手口は少しずつ巧妙になり、全く修理の必要のないピアノでも数万円の仕事を持ってくるようになった。

 工房を開設したとは言え、オーバーホールやクリーニングなどの大掛かりな修理だけは、数こそ少ないものの宗佑に外注を出していた。しかし、木村はそれらの仕事も、余程大変な状態でない限りピアノ専科で賄えるのでは?と考えていた。つまり、それ程酷い状態でなければ、何もやらずにやったと思わせれば良いのだ。そう見せ掛ける仕事が出来れば、オーバーホールも自前で取れる上、利益率も極端に向上する。この案は、林田に全面的に理解を得た。ピアノ専科では、「やる」か「やらない」かではない、「バレる」か「バレない」かが大切なのだ。「良くする」必要はなく、良くなったと思わせればいい。幸いなことに、ピアノは喋らないのだ。

 響が興和楽器に入社して、5年が経過した頃、ピアノ業界は深刻な不景気に陥っていた。新品のピアノの販売台数は、ピーク時の30%以下まで減少し、調律実績も激減していた。代わって発展していたのが、中古市場だ。不要になったピアノの買取業は瞬く間に全国に蔓延り、新聞の一面広告やテレビのCMで見ない日はないぐらい一般的な産業に発展した。月に全国で何千台ものピアノが買い取られ、一部は中古ピアノとして国内で流通し、残りの大半は輸出された。ただでさえ新品が売れない時代に、安価で良品質の中古ピアノの台頭は、大手メーカーには痛手だった。

 興和楽器にも、不景気の波は疑いようもなく押し寄せていた。ただ、企業努力もあり、LM楽器や管楽器は横這いで維持出来ていた為、ピアノ部門だけを縮小することにより、辛うじて安定水準の経営は保てていた。いや、教室は相変わらず盛況な為、実質的にはピアノの技術部と販売部の縮小だ。

 しかし、この二部門の不景気は深刻なレベルだ。販売の減少に連れ、調律台数も右肩下がりで、6名在籍していた嘱託調律師も半分が解雇された。その中には、林田と密に付き合っていた澤崎も含まれていた。彼等が担当していた顧客カードは、全て正社員の調律師に充てがわれた。

 響の後には、新規で採用された調律師はいなかった。不景気の為、響のノルマも40台のまま変わっていない。その分、昇給もなく、1年目から待遇も仕事量も何も変わっていないのだ。

 大型特約店という一つの経営形態は、既に限界が来ていたのかもしれない。しかし、大手楽器店ほど旧態依然から脱却出来ず、新品を売ること以外の打開策を思い付かないのだ。とは言え、新品ピアノは、どう転んでも元のように売れる時代にはならないだろう。それに、それまでは時代の後押しで勝手に売れていただけで、工夫して売り込んでいたのではない。つまり、売り方を知らないのだ。そのくせそれまでの傲りからか、薄々気付いている筈の時代遅れの実感を、しっかりと受け止めるだけの勇気さえ欠如していた。八方塞がりだ。

 興和楽器でも、中古ピアノの買取りは元々業務の一環として行っていた。しかし、顧客からの依頼に応える為だけの業務という位置付けに過ぎず、具体的な目的を持って積極的に取り組んでいたわけではない。従って、買取ったピアノの扱い方が分からず、ただ横流ししていただけだ。単なる窓口と言えよう。当時は、同じような特約店も全国に沢山存在していたが、先見の明がある会社は、買い取ったピアノを自社で再生し、販売するスタイルに切り替えていた。そういった会社は、新品ピアノが売れなくなった時代に突入しても、中古の売買で大きな利益を生んだのだ。

 残念ながら、興和楽器はそうでなかった。気付いた時には、既に機を逃していたのだ。そこからでは、もう遅過ぎるだろう。設備投資や人材育成に費やす資金は、今となっては厳しい。何も変われぬまま、衰退に身を委ねるしか策がない状態だ。

 対象的に、ピアノ専科の勢いは増すばかりだ。事業のベースは、設立時と同じく一般家庭の運送だ。しかし、当初は運ぶだけだった業務も、今は移動後の調律やアフターサービスも積極的に請けるようになった上、そこから派生した修理や保管、小者販売も業績を伸ばしていた。また、新たに開拓した中古業者の配送も順調で、そして、遂には中古ピアノのショールームをオープンし、小売業まで展開していた。従業員や技術者も増え、外から見る分には立派なピアノ会社に見えるだろう。

 ただ、基本的には、詐欺紛いの商法がメインであることには違いがない。業者を騙すことは控えているものの、一般客からのボッタクリ商法は、ますます巧妙に進化していた。

 そんな中、響は今尚ピアノ専科と深い関係を維持していた。アルバイトという名目ではあるが、営業と技術の嘱託スタッフのような立場になっており、給与も時間給ではなく完全歩合制になっていた。響の業務は、見積もりと調律だ。移動依頼があると現場へ駆けつけ、搬出経路の確認を行いがてら、修理の仕事を取るのだ。下見一件につき千円というベースに、修理の契約が取れると売上げの3%が手当てとなる。10万円程度の修理なら頻繁に取れたので、響には実入りの良いバイトではあった。

 ただ、専用の工房を新設した都合上、折角取った修理も、もう宗佑には頼めないことがネックではあった。響が一人の力で仕事を取ることが出来るなら、全てが解決出来るだろう。しかし、今まだ、興和楽器にもピアノ専科にも、依存せざるを得ないのだ。

 一方で、林田との関係はギクシャクし始めていた。ピアノ専科自体が巨大化し、従業員も増え、響が特別扱いされなくなったのも一因だが、マネーゲームに目覚めた林田の強引で悪どい商売は、真面目な響には受け入れ難い面もあったのだ。

 例えば、10万円程度の修理を10万円で契約してくると、林田は露骨に不満な顔をした。ピアノ専科では、相場の倍以上取ることが義務付けられていたのだ。適当な項目を捏ち上げてでも、直す意思のある客からは取れるだけ取ることを信条としていた。実際、木村を始めとする正社員の営業スタッフは、売上ノルマを設定され、修理の必要がないピアノからも架空のトラブルを捻出し、修理に結び付けていた。

 もう一つの響の業務が、調律だ。これは一件\8,000と決められていた。実は、この数字は一般的な嘱託社員の手取りと同程度だ。ピアノ専科は、客からは騙し取るが、社員や業者、調律師からは絶対に搾取しないのだ。興和楽器から嘱託契約を打ち切られた澤崎も、今ではピアノ専科から調律を請けている。

 響は、どうしても興和楽器の仕事中心のシフトになる為、ピアノ専科の調律は数件しか請けられない。しかし、普通のアルバイトとは比較にならないぐらい、効率的に稼ぐことが出来た。何件やっても給料が変わらない正社員の調律師をバカバカしく感じ、嘱託や独立を目論む人の気持ちが少し理解出来た気がした。

 ピアノ専科の調律業務は、ピアノを移動した後に行う調律が殆んどだが、中にはピアノ専科で修理を行ってから移動したピアノに出会うこともあった。その大半のケースで、酷い施工の跡が見て取れた。見積もりとは裏腹に、殆んど何も手を付けてないものから、ファイリングを行っただけなのにハンマー交換をしたことになってるもの、バフ機による研磨仕上げなのに全塗装したことになっているものまで、手口も仕上がりも、技術者としてとても許容出来るものではなかった。

 しかし、残念なことに、殆んどの客は騙されていることに気付いておらず、むしろ、「とっても良くして頂いて……」と感謝する人もいるぐらいだ。やはり、調律師は必ずしも技術で評価されるわけではないようだ。「良くする」のではなく、「良くなったと思わせる」方が大切なのだ。金額も相場や実費に関係なく、妥当、若しくは安いと感じさせること出来れば良いのだ。本質的には、袴田と大差ないと言えよう。

 逆に、たとえ真っ当な仕事をしても、高いと感じられ、良くなってないと思われると、詐欺扱いされ得るだろう。一般客には、ピアノなんて分からないことだらけだ。音もタッチも視認出来ないからこそ、言葉に惑わされ、騙されるのだろう。ピアノ専科は、その辺りのユーザー心理を巧みに操ることに長けていた。

《お詫び》

この後に続く第6章と第7章は、ストーリーにやや強引な展開が見受けられた為、またここまでとの整合性を見直す為、大幅に書き直すことにしました。

従って、数日間更新を中断させて頂きます。