読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

指先から常識を考察する(仮)

一昨日、爪を切った。

当たり前の日常であるべきだが、柄にもなくテレビ等と云う俗物を久し振りに観ながら切ったので、中指の爪を切り忘れたことにさえ気づかなかった。

なんとなく二日間我慢してはみたものの苛々に耐えきれず、風呂上がりでもないのに切った。

足の指は靴下を履けば伸びていることにさえ気づかないので、二回に一回の割合で切ることにしているが・・・

・・・爪を切り残しただけで二日間、恥ずかしかった。

清潔感の呵責に苛まれて。

風呂の一日くらいは気にしないオレだが、人目を気にしたら爪くらいは短くしないと汚ならしい。

稀に小指の爪だけを伸ばす人間を目にするが、オレに言わせれば頭がおかしい。

美徳でも何でもない。

二日間切り忘れただけで苛々するのに、伸ばす意味が解らない。

伸ばして何の得になるのか?

誰が喜ぶのか?

個人的に、目に映るだけで不快である。

爪を伸ばしている対象が初老の人間としても

(くだらねぇ自尊心だなぁ、おい)

と、必ず心の中で呟く。

例え綺麗に伸ばそうが不快である。

そもそも人間と云う生き物は得体の知れない対象に、時として嫌悪感さえ抱く。

人として生きる上で理由が解らない不快の対象は爪の他にも、話をしていて何の脈絡もなく、突然意味不明な話題に逸らす人間も挙げられる。

故に、話をしても話が噛み合わない理解不能な人間や、誰も得をしない自尊心とは、キチ●イと考えることにしている。

一例を挙げると手、乃至、手と足を生業の商売道具とされている方をこの目で見たが、意外なほど手が綺麗だった。

拳ダコさえ見当たらないプロにお話を直接窺うと、「拳を痛めないためにバンテージを厚めに巻く」と教えてくれた方も居た。

当然といえば当然の話で、手足を商売道具にすることとはテレビやネットといった媒体に商売道具を人目に晒すことである。

汚ならしい爪なんか伸ばしていたら、知名度でも命取りである。

とどのつまりが、爪を伸ばす人間にはプロ意識どころか羞恥心さえない。

男女や職業問わず、爪の伸びた手で料理を運ばれただけでも反吐が出そうになる。

上記、名もなき中年の個人的主観ではあるけれども。